ホテル横のコンビニで働いていた頃、
いろんな国の外国人のお客さんが来ることは、わりとよくありました。
観光地というほどでもなかったので、
言葉で困る場面は、あまり多くありませんでした。
それでも、ときどき、
言葉がうまく通じないまま話しかけられることがありました。
その日も、そんな夜でした。
ナイフ、売ってください
少し焦った様子の若い女の子が二人、
カウンターの前で必死に話しかけてきました。
片言の英語で、
絞り出すように伝えてくれた言葉は、
「ナイフ、売ってください」
残念ながら、売っていません。
コンビニに置いてある刃物といえば、
紙を切るカッターか、ハサミくらいです。
料理用のナイフは、
最初から置いていません。
危ないからです。
英語はめちゃくちゃ、でも必死
もう一人の子が、
少し間を置いて、こう言いました。
「アイ・ワナ・イート・アポー」
正直、文法はかなりあやしいです。
それでも、
「食べたい」
「困っている」
その二つだけは、はっきり伝わりました。
袋の中身は、リンゴじゃなかった
「これです」と言って、
袋の中身を見せてくれました。
中に入っていたのは――
柿でした。
リンゴではありません。
しかも一つではありませんでした。
袋の中には、
柿がゴロゴロと、5~6個。
正直、
「これ全部食べるんかいな……」と、
一瞬思ってしまいました。
けれど、
柿の英語は出てきません。
FRUITS という単語も出てきません。
焦っている様子が伝わってきます。
だから、
アポー。
少し笑ってしまいそうになりますが、
笑う場面ではありませんでした。
問題はナイフではなく、場所
話をつなぎ合わせると、状況はこうでした。
・すぐ近くのホテルに泊まっている
・部屋で果物を食べたい
・ナイフが必要
コンビニでは売っていません。
そこで、
知っている単語を並べて伝えました。
Hotel front.
Rental.
He will help you.
正しい英語かどうかは分かりません。
それでも、
「ここではない」
「ホテルに聞いてほしい」
その意図は、伝わったようでした。
一気に空気が変わった
意味が分かった瞬間、
二人は顔を見合わせました。
そして、キャーキャー言いながら、
聞いたことのない国の言葉で何か言い合って、
そのまま店を出ていきました。
きいろい声で。
この可愛さは、万国共通だと思います。
今思えば、
かなり不自然な会話だったと思います。
それでも、
日常の会話なんて、だいたいこんなものです。
伝われば、それでいい。
彼女たちは、
柿を無事に食べられたでしょうか。
二人で笑いながら、
楽しい夜を過ごせていたらいいなと、
あとから思います。
きいろい声は、
国境を越えます。

